ストライクエニイホエア -Side B-
遺影 
2012.08.06 Mon 19:12
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久しぶりに会った田中さんの奥さんは髪を短くし、

少し痩せたようで、なんだか小さく見えた。

まだ隣りにいる気がするのよと笑ったつもりが浮かぶ涙。

その節は本当にお世話になりましたと僕に頭を下げ、

彼女の旦那さんが亡くなったこの病院にほんとはまだ来たくなかったと話す。

彼女の中ではまだ全てを受け入れきれずにいる。

彼女の旦那であるトシさんが病院に入院したのは去年の春くらいだっただろうか。

しわがれ声に角刈りのアタマ、少し青い色味のかかったレンズのメガネのコワモテで

とっつきにくそうだったけど、いつからか毎朝病棟の体重計に乗りながら、

また痩せちゃったよと僕と話すのが常になった。

自分の息子にTSUTAYAからDVDをたくさん借りて来させては

ホラーやスプラッター映画ばかりを観て、彼のヘッドホンからは

ギャーとかヒーとか悲鳴の音漏れ。トシさんこーゆーの好きなの?と聞くと

大好きなんだよとしわがれた声で答えたんだ。

ジグソー面白いんだよ、と笑うトシさんは僕の父親と同年代くらいだったけど

まるで子どものようだった。ああ、僕は彼のこの笑顔を撮りたい。

トシさん、写真撮らせてよとカメラを持って行くと、居合わせた奥さんが

うちの人はほんと写真に写るとなると顔が強張ってどうしようもないのよと言った通り、

カメラを向けると頬が強張り、口角がへの字になってしまう。

トシさん、ちょっと歯出して笑ってみてよと言うと、

ドラキュラのように歯をむきだしてしまう。むむむ。

話しながらでもカメラを意識してしまうと、ぎゅうと顔が引きつる。

フィルムもったいないっての。もう。

ほらね、もう家族写真も全部こんな感じなのよとトシさんの奥さんも呆れ顔で苦笑い。

さて、この写真はカメラを膝の上に乗せてノーファインダーで、

トシさんと話しながら撮った。

たしかクロスワードの本で懸賞のお米が2キロ当たったんだよと

たわいもない話をしながら、二人でたわいもなく笑いながら撮ったんだ。

この写真をプリントしてトシさんにあげて、

しばらくして彼は退院して行ったのだけれど、

今年の春の終わりにまた何度目かの入院となった。

ずいぶんと痩せてしまい、好きなホラー映画も見れなくなってしまったトシさん。

彼の奥さんは、もうそんなに時間がないみたいなのと僕に告げ、

僕はなんと応えていいのかわからなかった。

だけどなるべく時間が空いた時にはトシさんの顔を見に行くようにしていたんだ。

まだ時間はある。そう信じながら。

最後にトシさんに会ったのは仕事終わりの金曜日の夕方。

力なく口を開けたまま、ヒューヒューと呼吸しながら眠っていたトシさんに

僕もトシさんの奥さんや息子さんも時間がもうなくなってきているのを感じとってた。

切ない病室の空気。

トシさん、また月曜日に顔見にくるよと声を掛けると、

目を少し開けて、しわがれた小さな声でオウだか返事をして右手を少し挙げた彼に

またねと手を振って僕は病室を後にしたんだ。


月曜日。空っぽになってしまった病室。

名前のないネームプレート。胸の奥をぎゅうっと掴まれたような喪失感。

ため息ばかりのその日の終わりにトシさんの息子さんからメールが届いた。

土曜日に亡くなったこと、お世話になったことへの感謝の言葉に続いて、

あの時僕が撮ったあの写真をゼヒ遺影に使いたいとのこと。

その夜、トシさんの写真データを引っ張り出して

モニター越しに笑うトシさんを眺め、偲んだ。

この写真でトシさんを知るすべての人が彼との思い出を蘇らせ、

そして偲んでくれたら、こんな嬉しい事はない。

撮らせてくれてありがとうございますと僕こそ感謝しなくちゃ。

トシさん、あっちでもホラー映画観てるかい?

またいつか何年後か何十年後かわからないけど会いに行くよ。

そしたらまたもっといい顔を撮らせてね。








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2012.08.06 23:19 | URL | kou-1 | 編集
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Author: 長谷川シン  
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